大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鹿児島地方裁判所 昭和59年(レ)5号 判決

控訴人

平川達摩

右訴訟代理人

蔵元淳

被控訴人

尾崎章子

右訴訟代理人

佐藤通吉

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人の当審における選択的拡張請求を棄却する。

三  当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人が、原判決別紙目録(一)記載の土地(以下「(一)の土地」という。)のうち原判決別紙図面記載イ、ロ、ハ、ニ、ワ、カ、ホ、ル、ヲ、ヘ、ト、チ、イの各点を順次直線で結んだ範囲(以下「本件通路部分」という。)につき、同目録(二)記載の土地(以下「(二)の土地」という。)を要役地とする通行地役権を有することを確認する。

3  控訴人が、本件通路部分につき、囲繞地通行権を有することを確認する。(2の請求の当審における選択的拡張請求)

4  被控訴人は、控訴人が本件通路部分を通行することを妨害してはならない。

5  被控訴人は、控訴人に対し、本件通路部分に設置した建物及びブロック塀を撤去せよ。

6  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決

二  被控訴人

主文と同旨の判決

第二  当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  (一)及び(二)の各土地は、訴外亡平川喜三郎(以下「喜三郎」という。)がもと所有していたところ(二)の土地は、控訴人の父訴外亡平川吉太郎(以下「吉太郎」という。)が昭和二七年一二月一七日、喜三郎から買い受け、(一)の土地は、訴外上籠信義(以下「上籠」という。)が右同日、喜三郎から、更に昭和三七年五月一一日、訴外牧内シヲが上籠から順次買い受けた。

2  通行地役権の存在

(一) 喜三郎は、(一)及び(二)の各土地を所有していた当時、(二)の土地上に家屋を建築して居住していたところ、同土地から(一)の土地の南側に接する公道に至るための通路を本件通路部分に開設した。

(二) 吉太郎は、(二)の土地を買い受ける際、通行地役権が存する旨の説明を受け、以来本件通路部分を右公道に出るための通路として利用する権利を有すると信じて使用し、かつ、上籠は、(一)の土地を買い受ける際本件通路部分に通路が開設されていた事情を知悉していたものであつて、同人及び同人から(一)の土地を買い受けた牧内シヲは、吉太郎の右通行を容認していた。

(三) 以上の事実によると、上籠及び吉太郎がそれぞれ(一)及び(二)の各土地を喜三郎から買い受けた昭和二七年頃に、右両名間において、(一)の土地を承役地とし、(二)の土地を要役地とする通行のための地役権を設定する旨の暗黙の合意が成立したものである。

(四) 仮にそうでないとしても、吉太郎は右買受日から二〇年を経過した昭和四七年一二月一七日をもつて本件通路部分につき通行地役権を時効により取得した。

3  囲繞地通行権(民法二一三条二項)の存在

喜三郎が(一)の土地を上籠に、(二)の土地を吉太郎にそれぞれ売却した結果、(二)の土地は、その東側及び西側が第三者の所有地に、その南側が(一)の土地にそれぞれ接し、その北側が公道に面しているものの、これに至るためには高さ二・三メートルの崖を登らなければならないから、他人の土地を通行しなければ、公路に通じないいわゆる袋地になつた。

したがつて、(二)の土地の所有者となつた吉太郎は、民法二一三条二項の準用により、(一)の土地中の本件通路部分を通行することができるものである。

4  吉太郎は、昭和五二年五月二七日死亡し、控訴人が相続により(二)の土地の所有権を承継取得し、牧内シヲは、昭和五七年七月一七日死亡し、被控訴人が相続により(一)の土地の所有権を承継取得した。

5  牧内シヲは、昭和五三年五月頃本件通路部分内に建物及びブロック塀(以下「本件建物等」という。)を設置し、相続により本件建物等の所有権を承継取得した被控訴人がこれを所有して、控訴人の通行を妨害している。

6  よつて、控訴人は、被控訴人に対し、控訴人が本件通路部分に対する通行地役権ないし囲繞地通行権を有することの確認、これに基づく控訴人が本件通路部分を通行することに対する妨害禁止及び本件通路部分に設置した本件建物等の撤去を求める。

二  請求原因に対する被控訴人の答弁

1  請求原因1の事実中、(一)の土地は、喜三郎がもと所有していたが、上籠が買い受け(但し、日付は昭和二八年五月二一日である。)、更に同人から牧内シヲが買い受けた(但し、日付は同年一一月頃である。)ことは認め、吉太郎が喜三郎から(二)の土地を買い受けたことは否認し、喜三郎がもと(二)の土地を所有していたことは初め認めたが、それは事実に反し、かつ錯誤に基づいてしたものであるから、これを撤回し、否認する(控訴人は、右自白の撤回に異議がある。)。

2  同2の事実について

(一)の事実中、喜三郎が(二)の土地上に家屋を所有して、居住していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)の事実中、吉太郎が昭和四六、七年頃まで本件通路部分を通行していたことは初め認めたが、それは真実に反し、かつ錯誤に基づいてしたものであるから、これを撤回し、否認する(控訴人は、右自白の撤回に異議がある。)。

(三)の主張は争う。

(四)の主張は争う。仮に吉太郎が本件通路部分を通行していたとしても、継続かつ表現のものではないから、地役権の時効取得の要件を欠く。

3  同3の事実は否認する。(二)の土地は、北側には約二メートルの崖があるが、その崖に斜道等を開設すれば崖上の公道に達することができるから、いわゆる袋地ではない。

4  同4の事実は認める。

5  同5の事実は認める。

三  被控訴人の抗弁

1  仮に、上籠と吉太郎との間で、昭和二七年頃、(二)の土地のため(一)の土地に通行地役権を設定する旨の暗黙の合意が成立したとしても、吉太郎はその旨の登記をしていないから、その後上籠から(一)の土地を買い受け、その所有権を取得した牧内シヲ及びその承継人である被控訴人に右通行地役権の取得を対抗できない。

2  牧内シヲは、昭和三〇年四月頃、本件通路部分に建物を建築し、以来同部分を通路として使用不能にしたものであるから、通行地役権の取得時効は中断した。また、仮にそれ以前において通行地役権が成立していたとしても、同月以降吉太郎及び控訴人は本件通路部分を使用していないから、右通行地役権は、二〇年を経過した昭和五〇年四月頃をもつて時効により消滅した。

3  前記のとおり、(二)の土地は袋地ではなく、同土地の北側を走る公道に至るためには、崖の傾斜面内側に斜道を開設するとすれば容易にその目的を達することができ、かつ工費も低廉ですむのに対し、本件通路部分に通路を開設しようとすれば、同部分に建築されている建物等の撤去や約二メートルもある段差に道路を設置することになるなど、被控訴人に多大の損害を及ぼし、かつ工費も著しく高額になる。更に、吉太郎及び控訴人は、昭和二七年頃に(二)の土地を買い受けて以降昭和五五年の本件訴訟の提起に至るまで、何ら本件通路部分につき通行権を主張することがなかつたのである。

以上の事実によれば、控訴人の請求は、信義則違反、権利の濫用であり、また「失効の原則」に照らして容認できないというべきである。

四  抗弁に対する控訴人の答弁抗弁2、3の事実は否認する。

五  控訴人の再抗弁(抗弁1に対し)

牧内シヲは、(二)の土地を上籠から買い受ける際、本件通路部分に通路が存在し、通行地役権の負担が存することを知りながら、同土地の所有権を取得したものであるから、いわゆる信義則、権利の濫用、背信的悪意者の法理により、牧内シヲ及びその承継人である被控訴人は控訴人に対し、登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有しない。

六  再抗弁に対する被控訴人の答弁

再抗弁事実は争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実中、(一)の土地は、喜三郎がもと所有していたが、上籠が買い受け(日時の点を除く。)、更に同人から牧内シヲが買い受けた(日時の点を除く。)ことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、〈証拠〉によりこれを認めることができる。したがつて、(二)の土地がもと喜三郎の所有であつたことについての被控訴人の自白は、真実に反するものではないから、その撤回は無効であり、右事実は当事者間に争いがないことになる。

二請求原因4の事実は、当事者間に争いがない。

三通行地役権設定の主張について

(一)の土地は、もと喜三郎の所有であつたが、上籠が買い受け、次いで牧内シヲが上籠から買い受けて所有権を取得したことは、当事者間に争いがなく、控訴人は、(一)の土地のうち本件通路部分につき吉太郎あるいは控訴人のため地役権設定登記が経由されている旨の何らの主張・立証をしない。また、仮に牧内シヲが(一)の土地を買い受けた当時同土地に通路が開設されており、通行地役権の負担がある旨を知つていたとしても、それのみでは、牧内シヲが登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有しない背信的悪意者である、あるいはこれを主張することが信義則違反ないし権利の濫用として許されないと解することはできず、かつ本件全証拠によつても再抗弁事実を認めることはできない。

したがつて、被控訴人の抗弁1は理由があるから、地役権設定の合意の存否について判断するまでもなく、控訴人のこの点についての主張は理由がない。

四通行地役権の時効取得の主張について

地役権は、継続かつ表現のものに限り時効により取得できるところ、通行地役権において右「継続」の要件を満たすためには、承役地たるべき他人所有の土地の上に通路を開設することを要し、かつその開設は、要役地たるべき土地の所有者によつてなされなければならないと解すべきである(最高裁昭和三〇年一二月二六日第三小法廷判決・民集九巻一四号二〇九七頁、同昭和三三年二月一四日第二小法廷判決・民集一二巻二号二六八頁参照)。これを本件についてみると、控訴人は、(一)及び(二)の各土地を共に所有していた喜三郎が、その所有当時本件通路部分に通路を開設したと主張するのみで、要役地たるべき(二)の土地の所有者である控訴人あるいはその前主である吉太郎により右通路が開設されたとの主張を何らしないものであるから、控訴人のこの点に関する主張は、その真否について判断するまでもなく、それ自体失当というほかはない。

五囲繞地通行権(民法二一三条二項)の主張について

〈証拠〉を総合すると、次の各事実が認められ、〈証拠〉中右認定に副わない部分はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  (二)の土地は、ほぼ長方形をなす平坦地で、喜三郎所有当時から吉太郎の買受後しばらくの間家屋が建つていたが、間もなく取り壊され、以後控訴人の母や牧内アヤ子によつて野菜や美人草などの耕作地として使用されていた。

2  (二)の土地の南側は、その南側が水路を隔てて公道と接する(一)の土地と接しているが、その境界は、高さ約一・七メートルの段差((二)の土地の方が高い。)をなしており、右段差の法面には石積みがされている。

3  (二)の土地の東西両側は、いずれも第三者が所有する宅地と接しており、公道には通じていない。

4  (二)の土地の北側は、高さ約二・五メートルの傾斜の急な崖となつており、法面は土質で一面に草が生い茂つている。また、崖上には幅員約一・一メートルのコンクリート舗装された道路が東西に伸びており、南北に伸びる比較的幅員の狭い道路を通じて(一)の土地の南側に接する公道に連ながつている。

なお、右崖上の道路の南端と崖端との間は、右道路とほぼ同じ高さの非舗装の幅員〇・五ないし〇・八メートルの路肩部分がある。

右認定事実によると、なるほど、(二)の土地の東西両側はいずれも第三者所有の宅地に、南側は(一)の土地にそれぞれ接し、また北側は、道路に面しているものの、傾斜の急な高さ約二・五メートルの崖で、現状では登れる状態でないことが認められるが、右崖の高さ、形状等に照らせば、右崖の法面に相当な工事を施すことにより、同部分に右崖上の道路に通ずるような階段あるいはスロープ等を設置することが、技術的にも経済的にもさほど困難であるとは考えられないから、同土地はいまだ民法二一〇条二項にいう「崖岸アリテ土地ト公路ト著シキ高低ヲ為ストキ」との要件を満たしておらず、袋地(準袋地)とはいえないと解するのが相当であり、控訴人のこの点に関する主張は理由がない。

六そうすると、控訴人の本件各請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて失当として棄却すべきものであるところ、通行地役権存在の確認及びこれに基づく通行妨害の禁止、本件通路部分に設置した建物とブロック塀の撤去を求める控訴人の請求について同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条によりこれを棄却し、囲繞地通行権存在の確認を求める控訴人の当審における選択的拡張請求を棄却することとし、当審における訴訟費用につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官下村浩藏 裁判官湯地紘一郎 裁判官田中俊次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例